2010年01月22日


新譜の製作も終え、PC周りと機材をアップデートして、譜面をかりかりまとめて書く。
手書きで譜面を清書するときが作曲工程のなかで一番充実している時間だ。
音が定まる、音が渡る。
やたらと時間がかかる。
つくるときもそうだけど、二番目の和音に一番時間をかける。
二つ目の音で、風景が決定する。人跡未踏の地。行き先はもう定まった。


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SAIDERA MASTERINGの森崎さんにマスタリングを手掛けて頂いた。
素晴らしい技術である。風通しがいい。マスタリングでこんなに音の透明度が増すのか。
そう申し上げると、「楽曲のなかにそれだけのポテンシャルはあるんですよ。
それを見つけて、どう取り出すかがマスタリングの技術です。」とおっしゃっていた。
漱石、夢十夜。
コーヒー牛乳のなかから、牛乳だけを取り出すことはできない。
けれど、牛乳の味を想像し、遡及的にその配合を論じることはできる。
想像力とは地図を書くことではなく、そのときに適したささやかなシグナルを選び取る能力である。


家に帰って、proofを試聴する。
信じられないことに全曲良いのである。
作ったぼくと、聴いているぼくはもちろん別人であるから、自画自賛ではない。
明日のぼくが同じことを言っているかは断言できないけれど、これはたぶん一聴の価値ありです。


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2/17「Nebular for thirteen」
PROGRESSIVE FOrMより、リリースします。
(来月辺りHPを一新するので、そのときに詳細は書きます。)


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焚き火をする。焚き火は法律で禁止されているそうなのだが、
四の五の言わず、木を燃べろと、時代がわたしたちに要求する。
なので、ジャック・ロンドンに倣い、ぼくらは、ただ、BUILD A FIREするのである。
しかし、焚き火を創造するのは風だし、焚き火のエンドユーザーは空である。
となると、焚き火の前で立ちすくむ俺らはなんなんだ?


ぼくらが消費するのは、ぴかぴかの貨幣でもなく、ぴちぴちの情報でもない。胡散臭いアイデンティティーでもないし、つまらん言葉なんかでもない。「木」だけである。なんてプリミティブで、かつ音楽的なんだ。それに炎があがることについて誰も言い訳が出来ない。なにより温かいのである。


http://www.youtube.com/watch?v=N-TnBoSJgmI


投稿者: Suyama 日時: 2010年01月22日 01:14 | トラックバック (0)



2009年11月02日



「ベランダに洗濯物を干すと、景観を損ねる恐れがありますので、控えてください」
というような記事を見たけれど、
これは酷いんじゃないかと思う。
洗濯物を干すという行為は、人類史とほとんど時を同じくして始まった家事であるし(たぶん)
だいたい、そういう批判をする人間は、家事労働なんて、ついぞしたことのない人間なんだろう。
ぱたぱたと風に揺れる色とりどりの洗濯物は、ホテルの外壁に掲揚されてる国旗なんかより
シンボリックで、いろんな示唆に満ちているよ。



日々のほとんどの時間をアルバム楽曲製作に勤しんでいる。
9,10月はライブが立て続けにあって、
そして、わざとらしく過飾で無益な結婚式が立て込んでいる。
作らねばならぬウェブもたまっているし・・・。
その合間を縫って、本を読んで、マンガを眺め、掃除をして、
洗濯物を畳み、美術館に行き、料理をして、哀しい植物に水を注いで、かちかちに乾いた靴紐をしっかり結んでジョギングする。
あと、テレビのキュートなニュースに律儀に文句つける。



さて、
最近、あるバーで、隣にいた集団(なんだか文学部のがくせーみたいな)の会話に辟易しつつ、なるほど、これがまさしくニーチェのいうところの「距離のパトス」かと思う。


「近頃の大衆文学はまったく酷いよね」と、何のタメライもなく大衆が大衆を批判している構図。でも、これこそ、ぼくらの世代の縮図だよなと、もっとうんざりする。


大衆は酷いのか。それはご高説であるし、事実かもしれない。よくわからない。
でも、ぼくらは本当は、大衆が酷いということを、心のうちでは望んでいるのである。
だって、大衆を高みからせせら笑うことが、自分たちの自尊心を死守するうえで一番合理的だから。
そうでなかったら、こんなに誇らしげに隣人を罵倒し嘲笑しないだろう。
でもべつにそれは悪いことではない。
不快感や嫌悪感を持つことなしに、成長はありえない。(とニーチェは言っている。)


ただ、メディアの助長する虚報や歪曲された真実を無批判に信じ込み、懐疑も持たず、受け入れてしまうナイーブな大衆を「頼むから、いつまでも愚鈍な大衆でいてくれ。」と切望しているのは当のぼくらであることを自覚していない「大衆」が多すぎる。
と大衆の構成員であるぼくが大書しておきます。


・・救いはないから、ひとは酒を飲む。
(昼間っから焼酎飲んでます。)


投稿者: Suyama 日時: 2009年11月02日 00:12 | トラックバック (0)



2009年10月25日


こそこそ曲を作っている。
ああ、なんて良い曲なんだ、と、ついに涙ぐむ。
メンバーにも、友人にも、「自分の曲で泣けるなんて、なんて幸せなやつだ、いやアホだ」と至極まっとうな意見を頂戴している。


なぜ、自分の曲の美しさに打ち震え、幸せのうちに感動を喚起させることができるのか。
ぼくがアホだからではない。(それも主な理由だが)
それはたぶん、ぼくが作らされているからだ。いったいだれに。
もちろん、自分だ。正確には、他人という自分だ。
他人という自分の作ったものに、自分という他人が感激しているのである。


それは訓練によってフィジカルに自然と身体が動くとか、
マリファナのように想像力が暴走するとか、そういう抽象的なことではない。
書いたときの自分と、それを聴く自分は別人で、ふたりで嬉々として手前味噌を並べあっているのである。ゆえに、あとから自分の作った曲の構造は説明できないし、創作過程を思い出すこともない。
あるいは、自分で聴いて感極まって泣いたりするのである。


「どうしてただ一人の語り手では、ただ一つの言葉では、決して中間的なものを名指すことができないのだろう。それを名指すには二人が必要なのだろうか?」
「そうだ。私たちは二人いなければならない」
「なぜ二人なのだろう?どうして同じ一つのことを言うためには二人の人間が必要なのだろう?」
「同じ一つのことを言う人間はつねに他者だからだ」
(モーリス・ブランジョ『終わりなき対話』)


譜面のうえで、調律された"狭んめぇー"幾何学的な組織に囲われて、
音楽的修辞法を鍛え上げることにのみ熱心なわたしを、聴いているわたしは知らない。
このポップで直感的な判断を下す"聴くわたし"がいなかったら、ぼくらの曲たちは、ずいぶんつまらん曲に仕上がるとおもう。
がちがちの、"狭んめぇー"数理的秩序のなかで一人相撲をしているようなものに。
(じゅうぶんつまらんというような心温まるアドバイスは結構です。)


あ、いま気付いた。
ぼくがぼくの曲を弾けない理由が。
他人の作ったものをすらすら弾けるわけがない。すっきりした理路である。
いやまて、他人の曲だって弾けるだろフツー。
しかし、自分の作った曲を必死で猛練習している姿は、なんだか厭世的である。



昨日、10/24のライブ
非常にたのしかった。

国吉亜耶子and西川真吾Duoは、あいかわらずシンクロしているように息が合っていたし、
(西川さんのドラムは、ほんとうに素敵だ。)
天国の宮国さんがあれだけシアトリカルに歌って、かつ、かっちり聴けるのは、オケの素晴らしい技量に尽きるのだろう。楽しい。
ドラムレスでもじゅうぶんオーケストラ的で素敵だと思ったけれど
そういうものでもないのかもしれない。
彼らが曲中に、ぼくらの「スプルースの化石」をちらっと演奏してくれた。
前途した理由で、号泣。
なんていい曲なんだ。
嘘です。ありがとうございます。嬉しかった。


投稿者: Suyama 日時: 2009年10月25日 15:50 | トラックバック (0)



2009年09月01日


なんか気持ち悪くないですか?選挙。
ぼくは、メディアにも、為政者にも、手のひらを返したようにさらっと政権をひっくり返しちゃう国民にも怒りを禁じ得ない。まぁ、しっかりぼくも国民だけどさ。


TBSの投票結果ライブ中継の画面の上のほうに、
『選挙への感想』みたいなメールを紹介していたけれど、
『自公は猛省を!』とか、『この結果が国民の麻生さんへの意見だと思います。』とか
『圧勝に驚いています。民主党を応援しています。』など、
おまえらついこのあいだまで、小泉政権支持してたじゃん。どういうことよ、この君子豹変的な身振りは。


季節風のように、あっさり風向きの変わる民意の構造を誰か説明してくれ。
自民党と民主党の政策的オプションの違いやら、マニフェストやらの違いなんて
五十歩百歩だろう。どっちにしろドラスティックな変化なんてないんだから。

中川昭一の「飲酒問題」とか、麻生太郎の「失言」だけが、失態の理由なんスか?
それともちんけなマニフェストが気になるのか?
やっぱりどうでもいいんだろう、ボスが誰かなんて。


たとえば、どちらかの政党が政権を握っているせいで、酷く虐げられていると思っている人、
家族が貧窮状態だったり、傘が盗まれたり、女の子にフラれたり、鼻炎が治らない、などの遠因が、現在の為政者にあると思っている人、


それは、あなた自身に問題があるのよ。


リストラの対象になったのも、あなたの能力に問題があったのだし、
SUICAのチャージの減りが速いのも、あなたの行動範囲が広すぎるせいだし、
「歩合」を「フゴウ」と平然と読んで失笑されたのも、あなたの知性の不調が原因だ。


人は、「自分の不幸は、当の彼が招いたものであって、その原因さえ取り除けば、自分の幸福は担保される」と妄信している。
(ぼくもケッコウ思っている。)


この選挙結果は、与党に落ち度があったからではなく、
この黒く渦巻くような国民の「他責感」がもたらしたように思えて仕方がない。
暴論か?あながちそうではない気がするけど。


投稿者: Suyama 日時: 2009年09月01日 04:46 | トラックバック (0)



2009年08月24日



まず、
9/11 LIQUID ROOMにて
オールナイトのイベントに参加致します。
みんなで遊びに来てください。サタデーナイトだし。
0:00からです。
http://www.realtokyo.co.jp/events/view/28840


8/15のイベントだとか、9/11のライブだとか、何やら政治的主張をしてるミュージシャンみたいだけど、とくに何の意味もありません。まぐれです。

ぼくは政治的には極めてニュートラル、また怠惰な人間であろうと思っているので、
来る選挙だって行かないし、靖国神社参拝についても定見は持っていないし、
もちろん支持政党だってなくて、支持猫種さえない。いやそれはある。
どれだけ選挙カーが耳障りで鬱陶しくても、拡声器をひったくって、宣伝車のタイヤをパンクさせ
候補者を蹴り殺すようなことはしない。たぶん。


明確な立場というものが、きっぱり何かに与することが、人を傷つけて憎むことと、密接に、ほとんど双生児のようにリンクすることなのだと、長い歴史とささやかな経験に教えられた。あと猫に。

まぁそういうわけで、9/11だからって、イベント会場で
星条旗を掲揚したり、あるいは燃やしたりなんてしません。
たぶん。



「悲しき熱帯」を読み始める。
ほとんど苦役に近い、この読書。
人間の身体は、「自分の知らない」ことに、異常なまでの拒否反応を示す。
「知らないことは知らないままでいいだろ?べつに、死ぬわけじゃないし。」
と、身体のヤツは、細胞を総動員させて、脳みそに苦情を申し立てる。
人間の身体は、何をもってしても、「新しい価値観」を受け付けることはないのだ。
観念的には。たぶん。


それでは、旧態依然のアタマを次のステップに移行させるにはどうしたらいいか。
これはもう、身体がその"現在の考え方"に「飽きる」(fed up!)のを待つしかない。
「もうこのフレームワークでは、フレッシュな創造も、他者との共感もありえない」と感じたとき
はじめて人は、古びた視線や、色褪せた世界に気付いて、未開の世界を探し始めるのである。
(猿だね。)


無知からの脱却は、知識の入れ替えがそれを成就させるのではない。
飽きの飽くなき反復だけが、人を成長させ、身体の強度を高めてゆく。


「形稽古」とか、「計算ドリル」とか、「ツェルニー」が重要なのは
それが一番手っ取り早く、身体を倦ませ、次の段階に脳みそを促すからだ。


ゆるやかな知性の涵養などというものは、たぶん存在しない。
健全な身体は「無理矢理」「突然」ソレに「飽き」て、次の世界に適応してゆく。


まぁ、これは10年ぐらい飽きもせず、同じ本読んでは、感心してニヤけている自分への苦言なんだが。

・・・


閑話休題

「悲しき熱帯」を読んでいたんだ。

気付くと行間の渓谷を視線だけすべりすべって、
内容がぜんぜんアタマに入っていない。


だんだん腹が立ってきたので、猫に「読みますか・・・?」と、おそるおそる尋ねると
「いや、おれイワシ缶食っとく。」と、足早に立ち去った。
おまえには知識欲、いや、
世界の成り立ちや、自分が何者であるかを探求する意思はないのか。
ないんだろうな。いいよなくて。
ヘーゲルは動物が一人称を持たないことを看破したけれど、
こいつはほんとに向上心ゼロだな。
たまにそよ風の研究を熱心にしているけれど。
どーせフリだろう。



そういえば、
英語には「飽きる」に相当する語彙がないと思っていたけれど
"fed up"というらしい。(友人曰く)
辞書をひくと
〔興味を失う〕get [grow, become] tired [weary]((of)),lose interest ((in)); 〔十分過ぎて嫌になる〕have had (more than) enough ((of)),((文)) be satiated ((with)); 〔うんざりする〕((口)) be fed up ((with)),((口)) be sick ((of))


世界各国の言語すべてに合致する観念なんてものは、存在しないというのがよくわかる。
辞書をぺらぺらめくってるだけでは、他言語を持つ人々の価値体系などワカラナイということですね。とすると、"飽きる"という身体的な動詞を持たない人種も、もしかしたら存在するのだろうか。飽きない動物には、進化もない気がするけど。まぁいいか。



サッカー選手は本当に、機知と示唆に富んだ素晴らしい名言を残しています。


「ボールを持てば私が主役だ。決定するのは私で、だから創造するのは私だ」
ヨハン・クライフ

「ボール以外のモノを蹴ってはいけない」
大久保嘉人

「キャラメルコーンは大袋だけじゃなく、小袋にもピーナツを入れるべき」
中田英寿


投稿者: Suyama 日時: 2009年08月24日 01:45 | トラックバック (0)



2009年08月18日


出演者の方々、無償で音響を引き受けてくださったPAの方、
お盆真っ盛りにも関わらず、足を運んでくれたお客さん
どうもありがとうございました。


Muffinさん、大所帯の編成で、気持ちの良い音楽をありがとう。
ぼくは、カテゴライズするのは失礼かもしれないけれど、
ああいうアコ・トロニカ?が好きです。


盆ノ窪さん
張り詰めたスリーピースの、ぴりぴりした音像が、イベントに
アクセントをつけてくれました。
どうもありがとう。
でも、インプロだけどポップだったよ。格好よかった!


天国さん
いやー、さすがだった。
こんなにも、音楽を音楽たらしめるユニットは比類をみないよ。
抒情的でいて、排他的。
ポップだけど、厭世的。
パワフル、素晴らしい。


太田裕美さん
準備がお粗末で、非常に申し訳なかったけれど、
素敵な作品を提供してくださって、嬉しかったです。
曖昧なまま収拾される物語。好きですね。ああいうの。
次回作もとっても楽しみです。

今回の出演者さんのインフォメーションは下記から。
是非チェックしてみてください。
そしてライブ観に行ってください。


Muffin
http://sound.jp/muffin/
盆ノ窪
http://bonnokubo.hp.infoseek.co.jp
天国
http://tengoku.in/
太田裕美
http://web.me.com/ironica7



次回のライブは、8月24日(月)
下北沢440


投稿者: Suyama 日時: 2009年08月18日 01:39 | トラックバック (0)



2009年07月01日



第13回Van Cliburn国際ピアノコンクールで、
全盲のピアニスト、辻井伸行さんが優勝した。

記者会見で、インタビュアーが、
「もし眼が見えるようになったら何が見たいですか」
と辻井さんに質問をしていた。
なんて愚かなんだろうこのインタビュアーは。
あまりにグロテスクな風景だったので、テレビを粉々に破壊する。


豚インフルエンザに感染しました、
と触れ回ってるのに、世間はこの話題、もう飽きたみたいだ。
結局、この手のトピックの帰趨は、「みんなが、ゆるやかに飽きていって、いつのまにか、ぷっつり消えた(まだ存在するのに)」である。
小学生が「ブタフル」と略していた。
この言語感覚すごいよね。なんだよブタフルって。
でも、しょせんブタフルだったな。


島田伸介が「AVというものが子供達の想像力を奪った」と言っていた。
うむ、そうかもしれない。


最近、結婚式の司会者がおもしろい。
「今日の新郎新婦は美男美女で、充分アップにも耐えうるお顔をしていらっしゃるので、みなさん、どうぞ近くに寄ってお写真をお撮りください!」
おもしろい。


スーパーのレジに並んでいると、ぼくの前に立ちはだかっていたおばさんが、「あなたふたつだけなの?じゃあ先に済ませなさい」と
順番を譲ってくれた。
イタリアのスーパーでは真逆だった。
「ちょっと、あたし二つだけなんだから、先いいでしょ?どいて!」


・1Q84読了
・太陽@イッセー尾形
・スヤマカフェ 090627
スヤマカフェ


投稿者: Suyama 日時: 2009年07月01日 00:02 | トラックバック (0)



2009年06月08日



通学路を家まで疾走する小学生をよく見るんだけど、
なんで小学校の頃って、帰り道にトイレ行きたくなるんだろう?
そして、かなり極限状態だった。いつも。


晴れの日と雨の日が交互に続く。シーケンシャルに、加速しながら。
年取るとともに、良い天気の日が貴重に思えてくる。

距離とか、遺品とか、そういう言葉が好きだ。


たぶん、彼らは自分が生きていると思い込んでいるのだ。


村田志穂子さんのオイリュトミーの発表会を観にいったり、オワリカラのイベントに行ったりする。
オワリカラ、非常に良かった。かっこういい。
あ、今思い出した、ロスコいってねぇ。

備忘録:
現代美術館「池田亮司 +/- infinite between 0 and 1」
近代美術館「ヴィデオを待ちながら」
町田国際「ルオー回顧展」
など


スヤマカフェ vol.1

うつみかやさんが、ハッピーで、素敵な歌を披露。
Jessicaはミュージカルのカバーからセレクトして雄大に歌いあげ、
山岸直人さんの鋭利でカラフルな即興演奏が四方山話をすりぬける。
ゲスト、礼恩が美声を披露しつつ、あれよと深更に至る。
夜中に隣人のみはる氏がグリーンカレーを振舞う。ひどく美味い。
おかげで、ぼくが作った豚汁が影を潜める。
次回は、6月27日です。


投稿者: Suyama 日時: 2009年06月08日 00:57 | トラックバック (0)



2009年04月30日



ぼくは、二億年先に宇宙が消滅すると言われても、そんなことまったく、全然信用しない。
二日後のことにだってカイギテキなのに、暫定的な宇宙なんて想像の域を超えている。
人間は恒久的に生きるという(病的なまでの)前提があって、はじめてノーミソに行動プランを提案できる。すべては…、音楽も本も、人も、完全に時間に縛られているにも関わらず。

尺のない音楽とか、めくるページのない本とか、
無害化された存在とか、ツルゲーネフを読む高校生とか、ポップな新聞勧誘とか、
穴の空かない靴下とか、飽きない女の子とか、目測を誤る猫とか、狡知な植物とか、
現在を素通りする歴史とか、どこにも到着しないセックスとか、生前の哀悼とか、
響きも倍音もない、今、ここ、だけに留まるアンサンブルはどこにあるのだろうか。

憎しみも死別も、失恋も、ゆるやかなグラデーションを経て、ぷっつり消える。
それは時間の圧倒的な力がそうさせるのではなくて、
血の巡りや、星回りのようなものだと思う。

たとえば、春になると猫の毛が生え変わって、
いつも毛布を持ち歩いていたような身体が、新しくなるのと同じような、テクノな脱皮。

というようなことを、
最近、出産を控えた友達に会ったりして、考えてるわけです。
しかし、…こんなこと言うと、フェミニストたちは激昂するだろうけど、
誰がなんと言おうと、妊婦はグロテスクだよね。


それにしても、パンかライスかみたいな問いって、日本独自なのかな?


itunes storeより、お知らせ。
http://itunes.apple.com/WebObjects/MZStore.woa/wa/viewAlbum?id=311212754&s=143462


投稿者: Suyama 日時: 2009年04月30日 14:37 | トラックバック (0)



2009年04月04日


激務が続きます。そして徹夜を強いらている。
今日は15時間寝た。
さて、備忘日記。


フットサルの大会に参加。
東洋のバティストゥータという異名を持つぼくは、大会記録を更新するほどのゴールを量産し、
3000人を越す観客にきゃーきゃー言われる。
というのは前日見た夢で、試合中に爪が剥がれて、ひーひー言いながら9試合なんとかこなす。
ぼくらのチームに元イタリア代表がいたので、大会優勝。
筋肉痛で一週間動けず。


時間がないわりに、昨日は2時間近くタワレコで遊んでました。
最近音楽シーンとか、ジャンルにドラスティックな変化がないし、おもしろい音楽がないと思ってたけれど、 いつのまにかみんなおもしろいことやってるじゃないですか。
じわじわと変わっていたんだね。

ポストクラシカルなんて卑猥な冠がついていたけれど、
最近、ピアノ弾きがおもしろいよ。ペトルチアーニの弟子?らしいFranck Avitabileのトリオはリリカルで気前が良かったし、 Pian Orquestraというピアノを囲んだパフォーマンスもエキサイティングだった。
それにしても新宿のタワレコでは、何故いつもローザスが流れているんだろうか。
ローザスが流れているというか・・・、ライヒが。

http://www.youtube.com/watch?v=CF0Uz6YIfb8&feature=related


人のブログを読んでいて、そのテキストがそのブログの書き手の声で読まれているってことない?
フツーのこととして行ってるけれど、この脳内でその人の声を響かせる能力ってスゴイよね。
文字を音声として認識すること、プラス、記憶の音声ストックからジャストぴったり取り出してるってことでしょ。 声紋認識ってテクノロジーがあるけれど、音声を脳内リストに配架してるってトコがすごい。


近くの肉屋のコロッケがご機嫌に美味しい。毎日買ってます。


チューリップがすごく幼くみえるのは、色形のせい?それとも民謡のせいか? なんで幼児はそろってチューリップ描くんだ?描きやすいのか、それともGHQの教唆扇動か。


投稿者: Suyama 日時: 2009年04月04日 08:57 | トラックバック (0)